一日一鳥

多分私のwishlist。

天然だから体にいいという思想は、自然は人間のためにあるという思い上がり

bahijd:

Animator: ●Yutaka NakamuraChikashi Kubota●Bahi JD

アニメーター: ●中村 豊 久保田誓●バヒ・JD

Space Dandy #26.スペース☆ダンディ

俺は昭和生まれgeocities育ち
痛そうな奴は大体友達 暗そうな奴と大体同じ
ソース覗いて見てきた裏ページ
なりチャ webバナナ そう思春期も早々に これにぞっこんに
黒歴史なら置き放っしてきたpooお題板に
マジ親に迷惑かけた本当に(テレホタイムを超えたネット接続)

(出典: idiod)

(出典: yamaken)

顎を複雑骨折したハムスターを持ち込まれて無理だって断ったけど半ば無理やり手術させられて、レーザーメスの出力間違えてハムスター燃やしてしまい、手術は成功したけど骨がくっつくまでこちらで預かりますと言って、その間に似た感じのハムスターを買ってきた獣医の話を聞いて動物病院の闇を感じた

coromegane:

2014/9/18

散歩をしていると、いつも気になることがある。細かいことだが、民家の出窓などに置いてあるぬいぐるみの「向き」だ。

内側に向けておいてあるのは何となくわかる。お気に入りのぬいぐるみを、常に自分から見えるようにしたいのだろう。飾り棚などの上に置くのと同じ気持ちと思われる。

しかし、ここは棚ではなく窓である、ということが事態を複雑にする。

棚ならば後ろは壁だから、反対側に向けるというのは呪いの鏡か別れた恋人の写真が入ったフォトフレームぐらいのものだろう。窓とは即ち外界との境界である。壁と違って、「向こう側」への意識が生まれるわけだ。そこでぬいぐるみを持ってきた人はハタと立ち止まって考える。どちらにむけて置くべきだろうか?と。

推測だが、外側を向けて置く理由には大きくふたつのパターンがある気がする。

ひとつは、ぬいぐるみに外をみせてあげたいという心理。自分で動くことのできないぬいぐるみ、せめて外をみていたほうが退屈しないのではないかというやさしさか。

もうひとつは、外の人にぬいぐるみをみせてあげたいという心理。歩いているときにかわいいぬいぐるみがお外をみてたらほっこりするでしょう、という心づかいか。余計なお世話だ。

いずれにしろ私が外向け派の真意をはかりかねるのは、ぬいぐるみが常に自分におしりを向けているのは気にならないかということだ。そう考えるのは私が自己中心的な人間だからで、他の人を優先して考える人は気にしないのだろうか。

散歩のたびに考える問題だが、未だ結論には達していない。

ngoccjoker:

Kawaii Shiba Inu (2)

(Collected by me)

kwwwsk:

ゾーラの里への道っぽい

(出典: Flickr / bilbo_baggins_photos)

今の日本の文化現象は、知っている人はどこまでも詳しくなれて、知らない人はいつまでも知らないままでいられる、そういう相互不干渉のまま、それなりの規模を獲得してきたものばかりである。いつ火がついたのかもわからずに、気がつくと出自のわからない“流行”や“人気”に囲まれている。そんな体験を2000年代の日本で一度もしなかった人は少ないのではないかと思う。
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